Report

ASKA CONCERT TOUR 10>>11 FACES
ライブレポート
(2011年3月3日更新)






武道館はいい。観客の熱気が拡散せず、ステージの主役に降り注ぐかのようなところがいい。オープニングは「MY Mr. LONELY HEART 」。自然で暖かいお客さんの反応が起こる。彼は両手で二か所、やや間隔を空けてしっかりマイク・スタンドを握ってる。そして少し沈み込むようなアクションを交えて歌う。いきなり感情がたっぷり乗っかった声が届いてくる。実はこのツアー、初日の川口以来の観戦だが、その時からの変化としては「晴天を誉めるなら夕暮れを待て」の次に「L&R」が加わっていたことだった。“彼ら二人のこと”を歌っていると取り沙汰されがちな作品だが、70年代のメロディアスな洋楽に影響受けたASKAならではの味わいで、何よりこの作品の弾むような“曲調”が好きだ。

江口信夫のドラムと荻原基文のベース。このリズム隊の凄さを冒頭から感じる。二人がASKAと共演し始めた頃(確か代々木だったと思うけど…)、こういうメンバーを選ぶこと自体がASKAの才能だと思ったことを思いだした。本当に凄い人達は何気ないエイト・ビートを凄くする。鈴川真樹と古川昌義は、個性がハッキリと違うギタリストなのがいい。二人いればアメリカンもヨーロピアンも対応する。もちろん澤近泰輔と十川知司のダブルの鍵盤というのも豪華。音楽監督的立場の人が二人も居るライヴは珍しい。ひょっとしてツアー・タイトルの“FACES”とは、これらの“面々”のことを示しているとそう思いたくなるくらいであった。

もちろん『君の知らない君の歌』がキッカケのツアーであり、あの作品集に収められた楽曲が中核をなすプログラムだが、こうしてツアーも終盤に近づき、あることに気付いた。あのアルバムは不思議なのだ。有名曲だろうとマニアックな曲だろうと、そこに並ぶことで化学反応起こし、お互いを高め合うところがあるのだ。ご本人には失礼な書き方かもしれないが、僕自身「あれ? この曲こんなに良かったっけ!」という体験をあのアルバムでした。まず何より、どの曲もジックリと言葉のひとつひとつまで味わってみようという気分になる。そんな磁場を持つのだ。もちろんそれは、そのままステージにもあった。

それにしても、「君の好きだった歌」の斬新なメロディはどうやって生まれたんだろうか。歌の中に“Brother Sun Sister Moon”の映画主題歌が流れているという設定がそうさせるのか? 二つの曲を同時に聴いてるみたいな不思議な感覚になるのだ。さらに僕がこのツアーの白眉と思ったのが「Far Away」である。この曲は凄い。ASKAの声の柔軟さというより、硬質な良さが出る。ミュージシャンが生み出す音の容積もハンパじゃない。

この日のMCで『君の知らない~』に関して、当初の自己評価、つまり自身の恋愛感であったり過去に生み出したラブソングを巡るストーリーとか、連作の短編小説的といったことではなく、今はまさに“201号”という、かつて自分が住んだ場所のそのものの存在こそが作品集の主役であるかのようなニュアンスの話をしていた。恋人や音楽仲間と毎日がパーティのような暮しをしてた濃密な青春がそこにはあったのだろう。歌うASKA自身が何より楽しんでるかのような「パラシュートの部屋で」を挟んで、「C-46」へ。様々な歌が披露されたライヴ終盤に聴くからこそ一層心に滲みる。今更アナログかデジタルかなんて話を蒸し返してもしょうがないが、デジタルという割り切りでは置き忘れてしまう心の機微を、この歌はカセット・テープのちょっと揺れる音質とともに連れてきてくれる。アンコールで和田アキ子の「あの鐘を鳴らすのはあなた」を見事過ぎるくらいに歌いきり、本来ライヴというのはヒット曲に頼らずとも成立出来るものを目指すべきという信念を語りつつも、でも世の中に知られている楽曲を期待しているオーディエンスと共に共有することも大切であるといった感じで「はじまりはいつも雨」を。エンディングの澤近のピアノが宝石のように美しかった。歌を、音楽を、とっても純度高い状態で全身で浴びた夜だったが、“201号”をめぐる物語をASKA総指揮で映画かドラマにして欲しいし、ASKAの歌で昭和歌謡をもっとまとまった形で聴きたいとも思った。いやこれは贅沢かつ欲張りなお願いかもしれないが…。

文:小貫 信昭
写真:西澤祐介

ASKA CONCERT TOUR 10>>11 FACES
ライブレポート
(2010年11月9日更新)






前日、通しのリハがあるというのでそれも覗いたが、バンドはもちろん照明や音響など、すべてにおいて固い信頼で結ばれたスタッフゆえ、あとは微調整のみといった様子だった。むしろ気がかりといえば天気。翌日、大型で勢力の強い台風が上陸しそうだったのだ。楽屋で本人と会っても、ついついそんな話題に。「でも僕はそういうこと(悪天候で中止になる等々)これまでもないから」。ASKAのこの言葉を信じ、会場を後にした。

実際、台風はやってきた。しかし電車が止まることもなくリリア・ホールに到着。初日の開演前のロビーというのは格別で、近くに住む人のみならず、真っ先にこのツアーに触れたいというファンの熱気で溢れている。

これは初日のレポートでもあり、これから観る人も多いので詳細は避けつつ印象を綴っているのだが、演奏面ではアコースティック・ギターが活かされた印象だ。澤近泰輔と十川ともじという、ASKAの世界観には欠かせない両アレンジャーがステージ両脇にプレイヤーとして陣取る安心感も格別である。そして肝心のASKA。その歌声は充実し切っている。特に「Far Away」は凄かった。秋の空といえば“天高く”であるが、ASKAの声も負けていない。

おっと…。いま“詳細は避ける”と書きつつも具体的な内容へと踏み込んでしまった。しかしこんなものはネタバレでもなんでもない。生で聴いてこその感動は、客席に居て体感しない限り得られない。いくら事前に想い描いてみても、それを軽く越えてみせるのが彼の歌の彫の深さなのである。僕は洋邦問わず凄いボーカリストを何人も観てきた。その経験値があってもなお、自信を持ってASKAをそう評価できる。

まず全体的なことを。起承転結ということで言うなら最後の「結」が後半二度三度と繰り返されるような、そんな印象を受けた。そもそも『君の知らない君の歌』という作品集が、そんな佇まいのものなのだ。まさに“12章からなる連作恋愛小説集”といった面持ちだが、恋の発端から結末へと順を追った構成ではない。人間というのはときめいたり後悔したりするもので、前者は未来への想いであり後者は過去へ引き戻されることでもある。そうやって物語の各章が自在な連鎖を果していくのがあのアルバムで、そこに呼応するとこうなるんだなぁ、というのが正直な感想なのだった。でもあのアルバムに縛られてるわけではなくて、そんな方法論でもってさらに自分の幅広いレパートリーから選曲し、再構築したセット・リストである。

ツアータイトル「FACES」は多面性ということのようで、つまり様々な感情を描くライブ、ということだろうか。でも人間の二面性を描くものと受け取ることも出来る。『君の知らない…』には、男らしく在ろうとしつつも過去の恋に後ろ髪を引かれるような、そんな主人公も出てくる。微妙な心の機微が行間に滲み出して、まるでシャンソンのようにも響く歌もあった。そして本編最後のあたりでは、楽曲がエンドロールのように機能し、この日のすべてを回想してみせた。もちろん、観終わった時の余韻は極上だ。

コアなファンじゃないと知らない曲も取り上げた今回のアルバムだし、それをライブでやる時は、もっと作者としての個人的な想いをMCで語るのかと思ったが、それはなかった。今なら必ず届くという自信があったからだろうか…。

そしてアンコール。場内の雰囲気はがらりと変わる。ここのところのライブではここら辺りで“昭和”が愉快に顔を出す。子供の頃に好きだったあの歌を熱唱。サービス精神旺盛な一面をみせてくれた。 なお、年が明けてからもう一回レポートさせて頂く予定だ。このツアーがどう育って行ったかを、そのとき書かせて頂くこととする。

文:小貫 信昭
写真:西澤祐介